クリーニング事故賠償基準運用マニュアル(抜粋)

1 目 的

  クリーニングにおけるクレームは、複雑多岐にわたるため、あらゆる場合に適合する賠償基準を作成するとすれば、基準自体が複雑かつ膨大になるため賠償基準ではその大綱を示すにとどめている。
 そこで、この運用マニュアルは、賠償基準を適用するための細目を定め、賠償基準の解釈のしかたや適用方法を解説することを主目的とし、あわせて賠償基準を適用する場合のモデルを示して、その円滑な運用をはかることを目的とする。

2 賠償基準の内容の解説

 1 基準第1条について

(1) 「職務上相当な注意を怠ったこと」
 

クリーニング業者が客から洗たく物を預かってクリーニング処理を施し、これを客に引き渡す関係は、
法律上請負と寄託の混合契約と考えられる。
クリーニング業者が職務上必要とされる注意義務には、次のようなものがある。
したがって、これらの注意義務のいずれかを怠った場合に「職務上相当な注意を怠ったこと」となる。

(イ) 客からクリーニングの依頼を受けた洗たく物の機能、汚れの質と量、汚れの放置期問、
    染色の堅牢度などを的確に把握すること(洗たく物の状態把握義務)。

(ロ) (イ)の義務を尽くした上で、その洗たく物についてクリーニングの処理が不可能な場合にはクリーニングの引受けを断り、
     クリーニング処理が可能な場合には、最も適切なクリーニング処理方法を選択すること(適正クリーニング処理方法選択義務)。

(ハ) (ロ)で選択したクリーニング処理方法を完全に実施すること(クリーニング完全実施義務)。

(ニ) 客から預かった洗たく物を適正な状態で引き渡すこと(受寄物返還義務)。

(2) 「法律上の賠償責任を負うべき場合」

(イ) 請負契約上の債務不履行に基づく賠償責任
 クリーニング業者は、職務上必要とされる注意義務、すなわち「洗たく物の状態把握義務」、「適正クリーニング処理方法選択義務」、「クリーニング完全実施義務」のいずれかを怠り客 に損害を与えた場合には、請負契約上の債務を完全に履行しなかったことに基づいて、客に与えた損害を賠償しなければならない。

(ロ) 請負人の担保責任に基づく賠償責任
 クリーニング業者は、(イ)で述べた注意義務を尽くし、したがって請負契約不履行の賠償責任を負わない場合でも、洗たく物に暇疵が発生した場合には、客に対し賠償責任けを負わなればならない。(民法第634条第2項)。

(ハ) 寄託契約上の債務不履行に基づく賠償責任
 クリーニング業者が、客から預かった洗たく物を客に返さなければならないのは、寄託契約(民法第 657〜665条、商法第593条)に基づく義務があるからである。
 したがってクリーニング業者が、不注意により客から預かった洗たく物を紛失、破損などした場合には、客に対して寄託契約不履行を理由として賠償責任を負うことになる。

(ニ) 不法行為に基づく賠償責任

 クリーニング業者が、客から預かった洗たく物を故意または過失により紛失、破損などした場合には、客に対して不法行為に基づく賠償責任を負うことになる(民法第709条)。
 なお、上記(イ)ないし(ハ)の賠償責任と不法行為に基づく賠償責任が重複することがある。

 2 基準第2条について

(1) 「クリーニング業者」
 本基準においては、広い意味でのクリーニング業者を対象としているので、いわゆる取次店も賠償責任を負う場合があり得る。
 取次店が介在する場合は、取次店がクレーム処理の窓口として責任をもって解決にあたるべきである。

(2) 「賠償額」
 洗たく物の滅失、破損に起因する被害者の損害のうち、一般的に損害賠償の対象とされるものは、その洗たく物目体に生じた損害であることを明らかにしたものである。
 ただし、@特約した引渡し日に洗たく物が被害者に引き渡されない場合において、被害者が現実に代替品を賃借したときの料金、A被害者が損害賠償請求にあたって、あらかじめ、クリーニング業者などの同意を得て負担した調査費、Bその他、特別の事情による費用の支出を被害者が行っている場合に、本基準でいう賠償額を超えた賠償金の請求についての協議、示談を否するものではない。
 なお、賠償額の算定に関連して、クリーニング代金の控除が問題となり得るが、事故の原因がクリーニング業務にあるときは、クリーニング業者は、クリーニング代金の請求権を放棄することとする。

(3) 「物品の再取得価格」
 「物品の再取得価格」の中の「購入するに必要な金額」とは、事故発生時におけるその物品の標準的な小売価格をいう。
 ただし、例えば、時期遅れのためバーゲン品として売り出された品物のように物品の購入が、 その物品の事故発生時における標準的な小売価格と著しく異なる場合で、クリーニング業者または客が購入価格を明らかにしたときは、購入価格を基準として再取得価格を定める。なお、物品購入時の価格がわかっていても、事故発生時に物品が販売されていないため、事故発生時の標準的な小売価格が不明のときは、購入時の価格×消費者物価指数の上昇率とする。

(4) 「平均使用年数」
 衣服などの使用開始から、その使用をやめるまでの平均的な期問をいう。たとえば、衣服などの使用をやめる理由としては、流行おくれ、着あきた、似合わなくなった、サイズが合わなくなったなどの理由も含まれるので、平均使用年数は単なる物理的に使用不能になるまでの期問とは異なる。

 3 基準第3条について

(1)  「証明」とは、クリーニング業者の証明をいうが、これに客が納得しない場合は、第三者機関の鑑定に基づいてクリーニング業者が証明することをいう。

(2) 証明するために必要な期間
   損害賠償義務の履行期は、クリーニング業者が証明するために通常必要な合理的期間内は到来しないものとする。

(3) クリーニング業者の責任は基準第1条およびこれに関する運用マニュアル中の解説に明示されているように、「職務上相当な注意を怠ったこと」を理由とする過失責任であって、いわゆる無過失責任ではない。
 ただ被害者が「たらいまわし」されることがないようにするために、洗たく物について事故が発生した場合に反対の証明がなされるまでは一応、クリーニング業者に過失が存在し、その過失と損害との問 に因果関係が存在するものと推定して、被害者を救済する目的で本条が規定されたものである。
 本条ただし書において、クリーニング業者がその責任を免れる余地を認めていることからも、その責任がいわゆる無過失責任でないことが明らかであろう。

(4) クリーニング業者の過失と繊維メーカー等の過失とが競合して洗たく物に損害が発生した場合には、被害者に賠償手続上の負担が加わることを回避するために、一旦クリーニング業者が全額の賠償金を支払った後に、クリーニング業者が繊維メーカー等に対して求償することとされている。(基準第6条第1項)。
 4 基準第4条について
(1) この規定は、洗たく物が着用に耐えないとして、クリーニング業者が品物を引き取る場合(全損またはみなし全損)の賠償額を算定する方式を示したものである。
 事故の程度が軽く、品物は客が引き取り、引き続き使用するが、品物の価値が減じた場合(部分損)には、その損害の割合を判定し、これを上記方式により算定した額に乗じて賠償額を決定する。

(2) 賠償額算定の特例
 背広上下など、2点以上を一対としなければその着用が著しく困難な物品については、その一部について損害が生じたときは、一対のもの全体を考慮して賠償額を算定する。
 ただし、客が一対のもののうち、1点だけをクリーニングに出した場合に、クリーニング業者がこれを知らなかったときは、その1点だけについて賠償額を算定することができる。

(3) 特約を結ぶことが望ましい例は次のとおり
 (イ) かたみ、記念品、骨董品などの主観的価値の大きい物ならびに海外での購入品などの代替性のない物。
 (ロ) 背広上下など2点以上を一対としなければ、その着用が著しく困難な物品で、1点のみをクリーニングに出すとき。
     この場合において、一対のもの全体の価値がわかっていて、そのうちの1点の価格がわからないときは、次の割合で衣料の価格を定める。
       ○ツーピースの場合  上衣60%  ズボン(スカート)40%
       ○スリーピースの場合 上衣55%  ズボン(スカート)35%  ベスト10%

(4) 「経過月数」とは、物品の購入日(贈与品は贈り主の購入日)から、クリーニング業者がクリーニングを引きき受けた日までの月数をいう。したがって、着用しないで保管していた期問も含む。
 5 基準第5条について

 洗たく物が紛失した場合においても、物品の再取得価格および物品の購入時からの経過月数に対応して、別表に定める補償割合が明らかであるときは、本条によるクリーニング料金基準の賠償額算定をするのではなく、基準第4条に定める原則的な賠償額算定をしなければならない。

(1) 「紛失した場合など」の「など」とは、次の場合をいう。

 (イ) 盗難
 (ロ) 災害により洗たく物が滅失した場合。
 (ハ) 特殊品で商品別平均使用年数表を適用しがたい場合。
 (ニ) 洗たく物が原型をとどめない程度に破損したため、物品の購入時から経過月数に対応する補償割合表を適用しがたい場合。

(2) 別表に掲げる特殊クリーニングおよびウェットクリーニングにより処理された場合の賠償額はクリーニング料金の20倍とする。

 
6 基準第6条について
(1) 被害者の過失が事故の一因である場合において、クリーニング業者が支払う賠償額のカット率は、次の基準とする。
   (イ) 事故の過失が二者にわたるとき(被害者とクリーニング業者)           1/2カット
   (ロ) 事故の過失が三者にわたるとき(被害者とクリーニング業者と衣料販売者等)  1/3カット

(2) 「事業所を外国に置いている等の事情により、その者に対する求償が事実上不可能なこと」とは、客が海外で購入した衣料品について責任を負う事業所等の所在が不明な場合、責任を負う事業所等の所在が判明しても、その求償には多額な経費を必要とする場合などが考えられる。

(3) クリーニング業者が被害者に対し、洗たく物の価値の全部について賠償金を支払った場合、その事故物品の所有権は、被害者からクリーニング業者へ移ることになる。
 したがって、被害者がその事故物品の返却を希望する場合は、両者合意の金額で被害者へ引き渡すことができる。

(4) 「受け取りの遅延によって生じた損害」とは、客が洗たく物の受け取りを遅延している問に、業者の責に帰すべからざる事由により発生した損害をいう。
 具体的には、
  (イ) 受け取りが遅延している期問にクリーニング店が類焼した場合の損害。
  (ロ) 受け取りが遅延している問に生じた変退色、虫くいによる損害。